スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

たびロジー番外編 旅と旅行

2007年05月08日 08:44

古代ギリシア時代。
キネスはスパイ、目的を持ってアテネに来た。
どこへ行くにも、たとえば国会や図書館へ行くのも目的がある。
人々との会話にも目的があり、休みにすら目的があった。
一方、エネルは無目的、気まぐれにアテネに来た。
国会や図書館へ行くのも、ただ目について楽しそうだったから。
出会った人々と1日中話していることもあった。
(参考:古東哲明『現代思想としてのギリシア哲学』講談社)

キネスのような移動を「旅行:tour」という。
スポーツ、遺跡探索、自然観察、リラックス……旅行には常に目的がある。
エネルのようなスタイルを「旅:travel」という。
目的はいっさいなく、ただそのときの状況や気持ちに純粋に生きるスタイルをいう。

旅と旅行の違い。
tourとtravelの違い。

 * * *

このGW、インドネシアのバリ島に行ってきた。
とてもとても楽しかった。
「ツアー旅行」というのを経験してみたかったこともあって、今回、はじめてツアーに参加した。
ツアーは完璧だった。

空港に着く。
H.I.S.の人間がH.I.S.の文字が入ったシャツを着て自分を待っている。
ここからクーラー付きの車でホテルまで送迎。
わからないこと、たとえば円は使えるのか、物価はどうか、英語は通じるのか、「ありがとう」は現地語でなんていうのか。
こういうことを全部現地ガイドが日本語で教えてくれる。
ホテルでウェルカム・ドリンクを飲み、チェック・インもしてもらって、クーラーの効いた部屋でひと休み。
翌日以降の予定を聞かれ、ツアーに参加したい人は前日夜23:00までに電話すればオプショナル・ツアーに参加できるのだという。
翌日以降は時間になったらホテルのロビーに行けば、自動的にバリ島を全部案内してくれる。
「達人ツアー」に参加したから、あっという間に自分もバリ島の達人だ。

すごいぞ、ツアー。

そして、このツアーを100%楽しんでいるサラリーマン一家に出会った。
レストランでのブレック・ファーストは現地料理+西洋モーニング+中華の超豪華版。
ビュッフェ(バイキング)・スタイルで食べたいだけ食べられる。
一家の子供たちはおおはしゃぎ。
全種類制覇しようとお皿は山盛りだ。
それを見ているお父さんやお母さんも満面の笑み。
なんて幸せそうなんだろうか。
シャトル・バスの中では、日本とはここが違う、あそこが違う、日本料理屋があったとか、家族で討論が盛り上がりに盛り上がっている。

これと同じ笑顔に屋台で出会った。
自分とその家族が滞在していたのはバリ島のサヌール地区ではもっとも豪華なホテルだったと思う。
でも、ホテルが接している大きなストリートを横切ってさらに1本道を入ると、現地人向けの屋台やら商店やらが軒を連ねている。
こんな街歩きが大好きで、屋台に入って食事をしてみた。
ナシゴレンを注文すると、値段は100円に満たない。
観光客向けのレストランでは同じナシゴレンが数百~数千円もする。
これがおいしかった。
親指を立てて「Good!」と言うと、屋台のおっちゃんは満面の笑みで「ありがと」。

おっちゃんは、なぜ日本人がこんなところにいるかなんてことに興味はない。
自分がいくら稼いでいてこの日本人がいくら稼いでいるかなんてことにも興味はない。
それは日本人の一家も同じこと。
ただ、うまいものがうまいということに興味がある。
ただ、うまいものを出すと客が喜ぶってことに興味がある。

 * * *

キネスの旅行とエネルの旅。
エネルはきっと目的をも楽しめる。
きっとスパイになったらスパイ活動すら楽しんでしまうことだろう。
逆に、キネスにはエネルが理解できない。
自由に旅しようと思っても、勝手に意味と目的を作り出してそれに縛られて生きるようになる。

屋台のおっちゃんたちと話をしていると、彼らがとても自由であることを実感する。
それは「選択肢が多い」ということを意味しない。
ニュアンス的には「自立している」とか「こだわりがない」といった感じ。

それはサラリーマン一家も同じこと。
屋台のおっちゃん同様、自分の境遇にいささかの迷いもない。
ふたりとも旅人だ。

厳密に言えば「旅」などというものは存在しない。
こだわりがない故に定義もなく、ただ「自由である」というスタイルしか残らない。
だから人はこのスタイルに「ロック」とか「ラテン」とか「快楽主義」とかいろんな言葉を結びつける。
そしてしばしば、結びつけることにこだわる結果、その意味を失うことになる。
実は「自由」の定義などというものも同様に存在しない。
定義した瞬間に自由は必然になってしまうから。

 月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
 舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老いを迎ふる者は、
 日々旅にして旅を栖(すみか)とす。
           (松尾芭蕉『奥の細道』)

 * * *

というわけで、バリ旅行、とても楽しかった。
きっとグァムもプーケットもニューカレドニアも同じように楽しいのだろう。
それどころか、街の屋台のあの感じ。
世界中に街や屋台はあるわけだから、世界のどこに行ってもおもしろいのだろう。

「楽しい」というのは行く場所で決まるものじゃあない。
だってあの一家はどこへ行っても楽しいだろうし、あのおっちゃんはどこへも行かなくたって楽しいのだろうから。

「幸せ」というのもきっと、いる場所や状況・境遇で決まるものではない。
そんな気がする。

またツアーに参加してみようっと。

たびロジー12 正しい? 間違い?
たびロジー11 人のはじまり
関連記事