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エッセイ4 太陽の東、月の西

2007年01月06日 00:00

ある朝、タハイの芝の上に座り込み、水平線を見つめていた。
水平線ははるか彼方で丸まって、そのまま視界から消えてゆく。
地球は丸い。
自明だ。
空を見上げるとスカイブルーに満たされた。
青と白とわずかな黄色を混ぜたスカイブルーの空はとても軽い。
やがてぼくの影がぼくの足跡に隠れて消えるころ、この空は熱帯特有の重い青に変わる。

そんな空の所々にまっ黒な雲が浮いている。
雲は海に影を落しかけ、雲と影の間は霧のようににじんでいる。
スコールだ。
そんな雲があちらこちらに浮いていて、この海のあちらこちらでスコールが荒れている。
大洋のドラマを水槽を眺めるようにタバコをふかしながら見つめていた。
目の前から2,500キロ、東に向かっても1,700キロにわたって島はない。
だからこの景色はぼくのもの。
「ウソだよ」
すねたように海に背を向けてたたずむモアイの背中を叩く。

毎日寝転んで、毎日空を眺めていた。
そしたらある日、空から男の声が降ってきた。
「馬に乗らないか?」
水槽の中から男の顔を見上げた。
男の顔はメスティソの顔とは違ってとてもアジアだ。
頭にはターバンを巻き、Tシャツとジーンズ。
厚くて引き締まった皮膚は熱帯の太くて重い太陽光を弾き返す。
「3$だ」
ぼくは笑った。
「OK」
「じゃあここで待ってろ」
男はそういって馬を走らせた。

眠っていると、5百年前の住居跡やそれを囲う垣根の間から羊の群れが湧いてきて、周りの草を食みはじめた。
指を滑らせたら切りそうな、そんな葉っぱに噛み付いて持ち上げると、草はたまらず大地から引き剥がされる。
羊は顎をずらしてすりつぶし、次の雑草にかぶりつく。
羊には首輪もロープもないけれど、いつもの散歩コースを知っているのかみんなゆっくりと北に向かって進んでいる。

「名前は?」
「ダイ」
ダイ、これがダイの馬だ、そう言って馬を曳いて見せた。
ぼくは鐙を蹴って馬に駆け上がる。
よし、OK、いい馬だ、さあ行こうぜ――そう思って男を見ると、シッシッと最後尾の羊を追っている。
「オイ、羊も一緒なのか?」
「もちろんだ」

羊たちは海岸沿いをゆっくり進む。
男は特に話しかけることもなく、時おり遅れた羊たちを追い追い、あとはほとんど瞑想している。
瞑想しているといっても目をつぶっているわけではなく、目の焦点をあわせず、ただ馬に乗っている。
何かを見ることも感じることも考えることもなく、ただ馬に乗っているのだろう。

羊たちは海岸に自生する草を食む。
海岸にはいたる所にアフと呼ばれる石組がある。
ペルーのクスコやマチュピチュにあるのと同じような精巧さというが、ペルーで目にしたものとは随分違う。
上の方なんて細長い岩を乗せただけだ。
そんな石組が大洋のはるか彼方を眺めている。

「なぁ、このアフってのはいったい何なんだ?」
「知らん」
「家なのか? 祭壇か?」
「知らん」
「じゃあモアイは?」
「知らん」

羊たちは迷路のようなアフの中にも入っていくが、しばらくすれば勝手に出てきて勝手に列に追いついている。
男の仕事なんてほとんどない。
「ダイ、用事があるからちょっと見ててくれ」
そういうと男は手綱をひき、あっという間に飛び去った。

ぼくは羊に引かれて海岸沿いをゆく。
磯場が続くが、所々に入り江のような砂浜がある。
海はそこだけ翡翠だ。
馬を駆けさせて海に入れようとするのだが、馬はどうしてもイヤだとダダをこねる。

振り返ると羊たちがいなかった。
でも心配ない。
海岸からはすべて浅い上り坂。
山の斜面まで一望できる。
それになぜだかイースター島には背の高い樹木がない。
あっても川の周辺に少しだけ。
あるいは人工的なヤシ畑だけ。
遠くに羊たちが見える。
羊たちは荒野に毛が生えたような土地で、ひときわ白く輝いている。
その向こうに7体のモアイがぼくらを見つめていた。
海岸と平行に規則正しく整列し、モアイはぼくらを貫いて、空と海を見つめていた。


モアイはいつも空と海を見つめていた。
最近クレーンやらなんやらで立たされるまでずっと荒野の中で寝転がっていたんだろうけど、それでも寝そべって空か海か大地を見ていたに違いない。
何年間、眺めているんだろう。
この孤島が西洋に発見されたのは1722年のイースターの日。
オランダのヤコブ・ロゲフェーンは「栄養失調の未開人が貧しく暮らしていた」と書く。
1774年にはイギリスのキャプテン・クックがここを訪れた。
クックはポリネシアの島々で水や食料を調達しながら航海を続けていたが、イースター島では十分な食料はおろか、真水さえ手に入れられなかった。
航海日誌にはこう書いている。

「これほど船のための新鮮な食料や便宜を与えることの少ない島は、ほとんどない……自然は、人間が食べたり飲んだりするのに適したものを、この島にほとんど与えていない」(増田義郎訳『クック 太平洋探検 1~6』岩波文庫)

クックはこの島の探索をあきらめ、足早にイースター島を後にする。
これだけならイースター島はただの貧しい島だった。
ところがイースター島にはモアイがあった。
モアイは最大で高さ20m、重さ200t。
900体を超えるモアイがそこにあった。
未開人たちは鉄器も車輪も綱すら持たない。
モアイなど作れるはずも動かせるはずもなかった。


羊たちはアキピのモアイを曲がると、泥道に沿って歩き出した。
羊たちが車を止める。
"Hello"
手を振りながら白人たちがぼくを写真に撮る。
モアイと一緒に撮りたいからもうちょっと右に動いてくれ。
ハイハイ、どうぞ。

羊たちは草を食み続ける。
いつ見ても草を食んでいる。
食みながら丸いフンをコロコロ転がしている。
そのフンをミミズが食べて土になる。
土は草を育てて花が咲き、羊がそれを食べる。

男が戻ってきて黙ってタバコに火をつけ、ぼくに差し出した。
ぼくはひと吸いして肺にためる。
男にタバコを返す。
ぼくは声を立てて笑う。
男も大笑い。

羊を小屋に戻すと男はぼくを海に連れ出した。
岩を下りて洞窟に入り、打ち寄せる波の音に揺れながら一緒にタバコを吸った。
男は壁画を見せてくれた。
鳥人が描かれている壁画だ。
ぼくは声をかけた。
「結婚してるのか?」
「ああ」
「子供はいるのか」
「3人いる」
「かわいいか」
「ああ」
太陽が西の空に傾いて洞窟を赤い光で満たす。


この洞窟で原住民の遺骨が発見された。
その骨の一部は鈍器で殴り潰されていた。
モアイを千体も作るほど栄えたこの島も、やがて人口が増えてすべての熱帯雨林を食べつくし、モアイを倒しあう大戦争を経て、人を食べるまでに飢えたという。
1722年にロゲフェーンが発見したとき、すでに文明は失われていたが、新たな人々が新しい時代を生きていた。
その人々も大航海時代全盛の18世紀、奴隷貿易によって連れ去られた。
やがてこの島にこの男の先祖たちがやってきて、この島に住みついた。
彼らは羊やタバコやヤシを持ってきて、育て、生きた。


「島の生活は楽しいか?」
「ああ」
「観光の仕事はしないのか?」
「しない」
「なぜ生きるんだ?」
「家族のためだ」

水平線に四角く歪められた大きな太陽が海に溶け出した。
オレンジ色の海の中で船みたいな半月が揺れている。

モ・アイ。
モは未来、アイは生きるを意味する。


Dai@チリ、イースター島

エッセイ5 クメールのほほ笑み
エッセイ3 アフリカ時間
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