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政治学

2011年12月20日 00:19

政治学の先生に話を伺った昨日、北朝鮮の金正日氏とチェコのハベル氏が亡くなった。
あの先生流に言えば、こういうことだろう。
ある後進独裁国家がある。
人々はとても貧しい。
でも貧しいながら独裁者を信じ、幸せを感じて生きていた。

ある先進民主国家がある。
人々はとても豊かだ。
でも競争は激しく、人々は自らを幸せと感じられないでいた。

前者と後者、どちらの国家に生きた方がよいのか?
民主主義は必然のものなのか?

北朝鮮国民が洗脳されているというが、自分たちだって現代日本の価値観に洗脳=教育されているという点で、何も変わらない。
もちろん、人がたくさん死んでいるとか、そういう事実がものすごく大切なのだけれど。

ただ、過去を振り返って「ルネサンスの時代は……」「明治維新当時は……」などと時代を一緒くたに語るのと同じように、千年後の人類から見れば現代日本の価値観だって「変なの」ということになるだろう。
いわゆるイドラとかパラダイムとかエピステメーってヤツで。

 * * *

「俺はこの間うちから、個性ということを考えていたんだよ。俺は少くとも、この時代、この社会、この学校のなかで、自分一人はちがった人間だと考えているし、又、そう考えたいんだ。貴様もそうだろう」
「それはそうさ」
と清顕はそんなときに一そう彼独特の甘さが漂う、不本意な、気のない声で答えた。
「しかし、百年たったらどうなんだ。われわれは否応なしに、一つの時代思潮の中へ組み込まれて、眺められる他はないだろう。美術史の各時代の様式のちがいが、それを情容赦もなく証明している。一つの時代の様式の中に住んでいるとき、誰もその様式をとおしてでなくては物を見ることができないんだ」
(三島由紀夫『春の雪 -豊饒の海・第一巻-』新潮文庫より)

 * * *

でも、政治学はこうした答えのない問題に「とりあえず」答えを出さなければならない。
というか、社会科学の問いというのはたいていこの手のタイプだ。
極論すれば、自然科学の問いだってたいして変わりはない。
さらにいえば、社会人になって起こる問題なんてこんなものばかりだ。

大学時代にこれに気づけた人は、ずいぶん違う人生を歩むことになるだろう。
良くも悪くも。

ね。
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まとめtyaiました【政治学】

政治学の先生に話を伺った昨日、北朝鮮の金正日氏とチェコのハベル氏が亡くなった。あの先生流に言えば、こういうことだろう。