スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

映画1 芸術・大衆・カルト

2010年04月26日 21:15

先日映画を見に行った。
遅ればせながらの『アバター』と上映されたばかりの『アリス・イン・ワンダーランド』だ。
3D映像を二本連続5時間にわたって見たので疲れた疲れた。
文学は著者、絵は画家、映画は監督。
そう思う。
ゴッホの絵がいつだってゴッホらしくあるように。
モーツァルトの楽曲がいつだってモーツァルトであるように。

テーマやストーリーがいくら違ってもロジックは同じ。
設定を宇宙にしたり、沈船にしたり、未来にしたりと状況を変え、登場人物を変えても、そこからはじまる物語はそのロジックに沿って展開する。

ジェームズ・キャメロンの映画はすべてジェームズ・キャメロン。
ティム・バートンの映画はすべてティム・バートンだ。

ジェームズ・キャメロンはまっとうな料理を作る。
だから安心できる。
超一流という素材ではない。
研ぎ澄まされたという種類の技術でもない。
けれど、何十年も煮込んだ秘伝のタレを使った鰻の蒲焼といった感じで、こだわりと温もりがある。

彼の映画は芸術ではない。
でも、芸術は人間の根源ではあっても人間のすべてではない。
ジェームズ・キャメロンはその人間らしい部分にとても真摯だ。
だから共感できる。

この「芸術ではない人間の部分」をより追求したのがティム・バートンだと思う。

芸術とは、感覚を研ぎ澄まし、人と人が紡ぎ上げてきた絆=先入観を極限まで取り除いたときにはじめて姿を現す普遍。
逆に、情動を宗教にも似た信仰心でもって情熱的に拡大・爆発させたのがいわゆるカルト。

ジェームズ・キャメロンが芸術とカルトの間にある「大衆」に位置する監督だとしたら、ティム・バートンはかなりカルトに偏った監督だ。
だから同じような嗜好を持つ人には劇的に愛されるけれども、あまり好きでない人も多いといった。
そんな映画が多い。

ただ、カルトを徹底しているかといったらすべての作品でそうしているわけでもないところが、個人的にいつもティム・バートンに不満を抱く点だ。
『マーズ・アタック』などはらしいとは思うのだけれども。
本当のところ、彼が何を目指しているのか、ぼくにはまだよく読み取れない。
実は大衆だったりするのではないかと、思ってみたりしている。

ぼくは何かを徹底して追求していく人が好きだ。
大衆を追求し、大衆を地で行くジェームズ・キャメロンが好きだ。
徹底的に芸術に生きるタルコフスキーが大好きだし、その種の徹底を徹底的に放棄するタランティーノも大好きだ。

というわけで、今回は個人的に『アバター』に軍配を上げたい。

『アバター』(日本語公式サイト)
アリス・イン・ワンダーランド』(日本語公式サイト)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://daiburogu.blog89.fc2.com/tb.php/192-720f207b
この記事へのトラックバック