恋する世界遺産1 モン・サン・ミシェルの一日

2010年04月09日 11:00

朝。
海と陸とを結ぶプレ・サレと呼ばれる平原で、メーメー騒ぎながら草を食む羊たちと一緒に散歩する。
子羊をぼんやり見ていると、その前に母羊が立ちふさがる。
「私のいい子なんだから」
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子羊たちの向こうには朝日に輝く河口。
力強い満ち潮は川の流れを押し戻し、きらめく海の中に修道院をポツリと取り残す。

昼。
修道院から海をボケーっと眺める。
モン・サン・ミシェルを囲んでいた海は見る間に沖へ沖へと帰っていく。
あちらこちらから干潟が現われ、小さな蟹や貝たちが顔を出す。
海鳥たちが待ってましたとばかりに舞い降りると、それを見た子供たちが干潟に飛び出して海鳥を追いかけ駆け回す。
さっきまで海の中に寂しそうにたたずんでいたモン・サン・ミシェルは動物たちで大賑わいだ。

 * * *

708年、オベール司教は大天使ミカエルの夢を見る。
「ここに私を祀る聖堂を建てなさい」
はじめオベールは信じようとしなかったが、頭に穴まで開けられて、ミカエルが本物の天使であることを悟る。
かつてケルト人の聖地として祀られていた干潟の孤島に聖堂が建てられて、「天使が降り立った奇跡の場所」として知られるようになる。

聖堂を巡礼するキリスト教徒たちは、島に渡る前に遺言を書いたという。
潮の干満による海面の高低差は最大15メートル以上。
多くの巡礼者が波にさらわれ、亡くなった。

モン・サン・ミシェルの島内には、いまも営業を続ける伝説的なホテルが残っている。
19世紀後半、ヴィクトールとアネットのプーラール夫妻は、モン・サン・ミシェルにつつましやかな宿を立ち上げる。客は命からがら島に渡ってくる巡礼者ばかり。
見かねたアネットは、凍え切った巡礼者を温め、疲れを癒してもらおうと、つねに暖炉の火を絶やさず、人々が到着するとすぐにひと皿のオムレツを出したという。
ホテル、ラ・メール・プーラール。
ここではいまだに当時の方法でオムレツを作り、宿を提供している。

 * * *

夜。
すべての子供たちが寝静まった頃、ラ・メール・プーラールの宿を出て、島内を散歩する。
手にはノルマンディー地方の名産、リンゴから作った蒸留酒カルヴァドス。
モン・サン・ミシェルはライト・アップされ、星々の中に溶け込み、輝いている。
潮はふたたび満ちはじめ、海は心臓の鼓動のように絶えることなく干満を繰り返す。

海の風に吹かれ、潮の香りを嗅ぎ、波の音をBGMに、カルヴァドスを開ける。
手には2つの紙コップ。

自然の鼓動に。
ぼくらの鼓動に。
乾杯。



国名:フランス
名称:モン・サン・ミシェルとその湾
   Mont-Saint-Michel and its Bay
登録:1979年、2007年拡大
基準:文化遺産(i)(iii)(vi)
概要:干潮時は干潟に覆われ、満潮時は海上に姿を現す奇跡的な景観は古代より「聖地」として崇められてきた。8世紀に礼拝堂が、10世紀に修道院が建てられると、カトリックの聖地としてヨーロッパ中から巡礼者を集めた。

※本記事は『intro.G』に連載された「二人で行きたい世界遺産」のテキストです

La Mère Poulard(ラ・メール・プーラール公式サイト。日本語あり)

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