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台風と常識

2009年08月31日 12:58

人は誰しも「常識」を持っている。
そして社会をつないでいるのがこの常識だ。
たとえば戦前や戦中間もなく、「お風呂に最初に入るのはお父さん」なんていう常識があった。
中国の電車の中で筆談をしていたら、日本のドラマのファンという素敵な中国女性が、「家ではやっぱりお父さんが最初にお風呂に入るの?」と尋ねてきた。
でも、こんな常識、いまではほとんど見られなくなった。

これを別の日本人に話すと、彼女は「そんな常識、間違ってたよね」と言う。
お風呂の順番を決めるなんておかしい、と。
「明らかに間違ってる」と。

その感覚はキライじゃない。
むしろ好ましいよね。


いま関東沖に台風が来ている。
台風で思い出すことがある。

ぼくは数年前に外国人ハウスに住んでいたのだけれど、ある日台風がハウスをヒットした。
アジアの人たちはスコールやらサイクロンやらで慣れてるんだけど、はじめて見た欧米人たちは怖がるどころか大はしゃぎ。
水着に水中眼鏡というカッコウで、台風に向かって駆け出した。

そりゃ危険だよ。
何が飛んでくるかわからないし。
でも、ぼくはぼくの中の凝り固まった常識に気がついた。
雨を楽しむように台風を楽しむ感性もありなのだと。

そしてぼくも台風に打たれることにした。
ぼくの硬化した世界を台風に壊してもらって彼らと交流するために。
だって楽しそうじゃん!

さらにぼくは思い出す。

そう言えば昔はぼくも台風を楽しんでたなー。
いや、台風に向かって駆けるなんてことじゃなくてさ、台風当日じゃなくて、接近しているときに海に行くの。
海は荒れ狂ってて、時々御前崎の海岸道路にまで波が降り注いできたり。

よく「自然の前で人は無力」って言うけど、本当にその無力を感じた。
自然の圧倒的な力を感じた。
そして、常に死に直面している自分の「生」を感じた。

本当、こういうところ、親には感謝する。
よくぞあんなときにあんな場所に子供を連れていったなと。

大人になって車を買ったとき、台風が来ると江ノ島の突堤に行って海を見ていた。
10~20mくらいの高さがあるんじゃないかな、あの突堤。
その突堤に大波が打ち寄せてね、しばしば波が降ってくる。
すんごいパワーだ。

でも遠く遠くには月が出ていたりして、妙に落ち着いてて。
この世を俯瞰した感じがした。
死ぬときってこんな感じなのかもなーって。
身近には混乱、圧倒的な力、猛烈に進む時間。
遠くを見ると整然、冷徹な静寂、固化した時間。


静と動が一体となったとらえどころのない自然の本性。
そのカオスを生きるために、人は「常識」でもって人と結びついて、時代時代、場所場所に応じた常識の鎖=社会を作り出す。

常識にとらわれず、新しいものを感じて世界を広げるのも人間。
常識を愛し、人と人の結びつきを信じて生きるのも人間。

台風模様の空を眺めながら、そんなことを思いました。
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