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大学と学生と麻薬と

2009年08月28日 11:07

取材で大学によく行く。
最近目立つのは麻薬絡みのポスター。
大学が学生個人の生活を注視し、警察と一緒になって活動していたりする。
とても違和感を感じる。
麻薬はダメ。
当たり前だ。
法で禁じられているし、麻薬の所持や使用をしないというのはあまりに当然だ。

ただ、そこは「大学」だ。
たとえば「麻薬は本当にダメなのか」という議論は十分成立しうる。
法学部の学生なら国際法的な立場から、文学部の学生なら歴史学や植民地史的な立場から、医学生なら医学的な立場からなど、無数の立場から無数の視点が立ちうる。

国とは何か?
法とは何か?
人とは何か?
生きるとは何か?

そんな根源的な立場を踏まえたうえで問いを細部へと展開させていくのが「学」というものだ。
その学のベースになるのが批判的態度。
これまでの視点を批判的にとらえ、疑問を持ち、問題を発見する――新たな視点はここからしか生まれない。
だからこそ、大学ではある程度の自治が認められている。
警察がそこに入ることの意味は重い。
もちろん大学は治外法権の場ではないし、法律を守らなくてよいという意味ではない。

「麻薬はダメ」と信じる。
ここに学的な態度はない。
あるのは信仰という宗教的な態度。
批判的態度こそ学生の本分であるのに、大学は信仰を奨励するのだろうか?


ぼくは思う。
そんな宗教的な薄気味悪さがむしろ学生を麻薬へと向かわせているのではないか?
こうした経験が重なって、国や世界を信用できなくなっているのではないか?
人生に対してしらけていくのではないか?

ぼくは大麻を合法化しろと主張しようとは思わない。
いっそ煙草も禁止してもらって構わない。
なんだったら酒も禁止してくれ。
みんなで決めた法律ならしっかり守ろう。

ただ、そんな薄気味悪さに迎合できずに世界に絶望する人々は確実にいる。
そんな人に、ぼくは気づきたい。


自殺はダメ。
そんな宣言になんの力もないから毎年3万人もの人が自殺を選んでいる。

麻薬はダメ。
この宣言に力を持たせるためには何が必要か?
少なくともそんな信仰心ではない。
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