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study12 いまと生命、ぼくとデータ

2009年06月12日 12:15

ぼくはあまりものをとっておくタイプではありません。
読んだ本はどんどん売るかあげるか捨てるし、旅先で写真を撮るのも好きではありません。
思い出深いものをどこかにまとめておくようなこともしていません。
旅に出てもお土産なんて買わないし、チケットやらなんやらもガンガン捨ててしまいます。
昔は違ったのですけれどね。
子供の頃は「旅箱」みたいなのを作って、旅先でもらったチケット類はすべて保存していました。
大切な時間をすごしたその記憶を失うことが怖かったんです。

でも、考え方が変わりました。
だって、たとえ写真や思い出の品があっても当時の空気感や肌触りや色や香り、そうした感覚や感情が完全に蘇るわけではありませんから。

「無」としか言いようのないほど微細で繊細な「いま」という瞬間。
かけがえのないこの瞬間。
この瞬間をもっとも大切にするにはどうしたらいいか?
答えは「この瞬間に集中すること」です。

ぼくが旅先で写真を撮りたくない理由ってね、たとえば一眼レフカメラ。
銀塩カメラならファインダーで覗いて撮影するじゃないですか。
撮影する瞬間に見ている映像って鏡に映ったものなんです。
その瞬間、自分の目で映像を見ているわけではないのですね。
デジタルカメラも同様、画面を見ているわけです。
その場の空気と一体化したいぼくには、いきなり客体になるこの行為がどうにも気に入りません。

だからぼくはいまという瞬間をなるべく大切にするために、ぼく自身が持つこの感覚を何より信じることにしました。
ぼくは何をいま感じているのか。
何がぼくにそれを感じさせているのか。

そういう視線でものを見ると、以前とはまったく違った風に世界が見えてきました。
「死に際にはこの世界がとてつもなく美しく見える」と言いますが、そんな感じです。
そして、そういう視線をもってあらゆる芸術が創られていることを、多くの古代遺跡が造られていることを、目の当たりにしました。
この辺りを伝えたくてたとえば世界遺産なんかを書いているのですが、なかなか、ね。

そんなぼくですが、最近は原稿を書く必要上、旅先でも写真を撮ることを強いられてしまいます。
これには参りました。

何よりやはり土地との一体感が殺がれます。
それに、撮影するためにいろんな場所を訪ねるようになって土地の人と会話する機会も減り、観光地を点と点で結ぶような、まるで博物館内を歩き回っているような旅が増えました。
さらに、カメラとデータを持つようになって荷物が増えたうえに、いままでみたいに「盗まれてもいいや」と思えなくなって旅がせせこましくなりました。
加えて家に帰ったあともデータをなくしてはいけないからと、ふたつのハード・ディスクに写真を保存していたりします。
ぼくは仕事上、このふたつのハード・ディスク内にあるデータをなくすわけにはいきません。

あれ?
ぼくは別にカメラマンじゃないのに。
むしろ写真を撮るのはキライだというのに。

これって人生も同じことなのではないでしょうか?

たとえばフレンチの名店に入ったとします。
ぼくたちをもてなすメートル・ド・テル、シェフ・ド・ラン、ソムリエはもちろん、キッチン内のシェフや空間をデザインしたデザイナー、それに感動してOKを出したオーナー、一緒に夢を見た不動産会社の営業マン……様々な人たちが関係して、世界で唯一、史上でも唯一の空間を創り出しています。
しかもその「唯一」は、刻一刻と変化する、「いま」という存在なのです。

その瞬間、その空気を楽しむことが第一。
それを楽しんでかつ撮影するのならいいのですが、それを感じもせずにカメラを取り出し、フラッシュを焚いて撮影するなんて、なんという野暮。
場が見えていないどころか、壊していることに気がつきもしないとは。

「心不在焉、視而不見、聴而不聞、食而不知其味」(『大学』より)
 (心そこにあらざれば、見れども見えず、聴けども聴こえず、食らえどもその味を知らず)

ぜったいにこれは盗まれたくない……旅先でそう思って街歩きをすると、いろんな人がドロボウに見えてしまいます。
ぜったいにこの服は汚したくない……そう思ってパスタを食べると、味をそのまま感じることができません。
ぜったいにこれはなくしてはいけない……そう考えてものをとっておくと、時にものに縛られて自由に動けなくなってしまうこともあります。

そうだった。
ぼくはそのように生きたいのだった。
そう思い直して、まぁ写真のデータがなくなってもいいやと、気楽に考えるようにしました。

貴重なのは、何もこのデータ、この服、この思い出、この品だけではありません。
いつだって唯一無二の「いま」。
すべての瞬間は等しく貴重で、等しく美しい。
心底そう思います。

そうした「いま」を持つこと。
それこそが「生命」なのだと、ぼくは思っています。

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