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study10 年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

2009年02月06日 18:00

久しぶりに節分を祝った。
豆まきをした。
豆を食べた。
恵方巻きとやらをやってみた。
なんだかとても楽しくなった。
同時に、何か不思議な既視感に包まれた。
まるで毎年節分を祝ってきたような。
子供の頃のぼくの魂がぼくの体の中を駆け抜けたような。

 * * *

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同
 [ねんねんさいさいはなあいにたり、
  さいさいねんねんひとおなじからず]

劉希夷の漢詩「代悲白頭翁」は「花は毎年同じように見えるけれど、人は変わるものだなー」と、人間を生かすものとしての自然の美しさ・普遍性と、生きている人間の命のはかなさ・瞬間性を対照的に描いた詩と解釈されている。
でもこの言葉、ぼくはここだけ切り取ってもっと別様に解釈したい。

「時間は過去から未来へと流れている」
普通はこう考える。
でもね、昔からぼくには到底そうは思えなかった。

たとえば、時間が未来から過去へ流れたとする。
どうなると思う?

答えはたぶん、いまと変わらない。
人間は自分の経験を通して「いま」を感じる。
過去の経験を通じて「いま」を認識する。
ということは、未来から時間が流れてきたとしても、人間は「過去」から時間が流れてきたように感じて物事を考えるはずだ。
だとすれば、人間にとって時間が過去から未来へ流れようと、未来から過去へ流れようと、関係ないことになる。

それどころか、過去が変わってすべてが変化しようと、いきなりぼくが消えて別の人に魂が入れ替わろうと、ぼくらはまるでそれを認識できず、ただ普通に生きているように思うだけ、ということになりそうだ。
たとえば映画『転校生』(原作、山中恒著 『おれがあいつであいつがおれで』)だ。
(※ここでいう心とか魂は比喩で、霊魂の存在を肯定しているわけではない)

いま、ぼくはぼくを生きている。
あなたはあなたを生きている。
次の瞬間、ぼくの魂がぼくの体を離れ、あなたの体に入る。
あなたの魂があなたの体を離れ、ぼくの体に入る。
そうなったとする。
どうなるか?

おそらく何も変わらない。
あなたの体に入った瞬間、ぼくはあなたの過去を認識してぼくの魂はあなたの心になる。
同じように、ぼくの体に入ったあなたの魂はぼくの心になる。
そうなるだろう。

こういう可能性を考えると、すべてが覆る。
魂は世界にひとつしかないのかもしれない。
過去も未来もないのかもしれない。
過去も未来もたくさんあるのかもしれない。
過去はどんどん変わり、未来もどんどん変わっているのかもしれない。

この瞬間のぼくと次の瞬間のぼく。
両者は実は全然別物なのかもしれない。

ただ。
その瞬間瞬間だけが真実。
その瞬間瞬間だけは真実。

いつもぼくたちは過去を意識して、未来を考えて生きている。
でも、たしかな過去もたしかな未来も存在しないのかもしれない。
時間そのものが、存在しないのかもしれない。

ただ、瞬間のぼくが存在するためにはぼくの魂が必要で、ぼくが存在するためにはぼくの魂に加えてぼくの心が必要で、ぼくの心があるためにはぼくの心を作り出す他の人間が必要で、ぼくと他の人間が交流するためにはこの世界が必要で、この世界が存在するためには自然や物質や……

年年歳歳花相似 歳歳年年人不同

本当に大切なのはきっと……

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