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死と再生

2008年07月25日 11:41

植物が好き。
やったことないけどガーデニングや盆栽にも憧れる。
でも世話をするのが面倒で、あんまり手をかけてあげない。
だからいつも植物を部屋に置きたいなーと思っているのだけれど、実際に買ってくることはほとんどない。
殺風景な部屋を見かねたのか、1年ほど前、友人がミントの鉢植えをくれた。
とてもいいプレゼント。
鉢が小さかったのでプランターと土を買ってきて植え替えてみた。

最初は小まめに面倒を見ていて、太陽が出ていればベランダに移し、それ以外は部屋に入れ、なんてことをしていたけれど、そのうちベランダに放置するようになり、面倒も見なくなってしまった。

ミントは強かった。

ウチは5階で風がいつも結構強い。
知らず知らずのうちに茎はグングン太くなり、葉も明らかに厚くなった。
香りもとっても強い。
プランターにポツリポツリと葉を広げていたミントだが、やがてプランターはミントに覆われるほどまでになった。

ところが。

ある日突然すべての茎、すべての葉がいっせいに枯れた。
世話はしていなくてもいつも何気なしに眺めていたそのプランターには死が充満していた。
deadoralive.jpg
すまん……

ゴミの日に出そうと思っていて、ゴミを出すその瞬間にはいつも思い出すことができず、またしばらくベランダに放置していた。
カラカラの土から突き出したカチコチの茎を見るたびに、なんだかやるせない気持ちになった。

ある日、ベランダで洗濯をしていると、また目の片隅にプランターが目に入ってきた。
あ、そうだった、と思いながら視線を流そうとしたとき、なんだか緑色のものに気がついた。

新芽だ!

こうしたまたしばらく放っておいたらプランターはミントだらけになった。
この1年で、ミントはこれを数回繰り返した。

そういえば昔、ベンジャミンも同じようなことを繰り返していた。
これが命のリズムというものらしい。
もしかしたらプランターの限界まで根を伸ばして、限界がきたら枯れて、一度死を迎えるのかもしれない。
ベンジャミンのときは、ためしに鉢を大きくしたらよりいっそうたくましく茎を伸ばし、葉を広げていた。

生きたい生きたい――
そんな声さえ聞こえてくるような。

どこか公園にでも植えてあげようかと思ったけれど、植物の種類や量が管理されている公園でそんなことしちゃいけないよね、やっぱ。
それにそれでミントが競争に負けるかもしれないし、競争に勝っても、それは他の植物の敗北を意味するわけで……

なんだかよくわからないが、とにかくこれが「生」だ。
最近は毎日のようにプランターの前に腰をかがめて、新しい子供たちが誕生するのを待ち構えている。
今年はそれでモヒートを作るんだ!

せっかく芽を出したのにかわいそうにって?

そうなのです。
それが「食」であり、「生」なのです。
きっと。

そんな気持ちを表す日本語がある。
「いただきます」

いまさらながら、いい言葉。
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