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study7 春の一節

2008年03月13日 16:10

隣人のベランダには梅がある。
近頃急に暖かくなったそよ風が梅の花びらをぼくの部屋へと届けてくれた。
春。
春になるといつも思い出す一節がある。
去年も載せたけれど今年も載せてしまおう。

----------------------トルストイ著、木村浩訳『復活』より

何十万という人びとが、
あるちっぽけな場所に寄り集まって、
自分たちがひしめきあっている土地を
醜いものにしようとどんなに骨を折ってみても、
その土地に何ひとつ育たぬようにとどんな石を敷きつめてみても、
芽をふく草をどんなに摘みとってみても、
石炭や石油の煙でどんなにそれをいぶしてみても、
いや、
どんなに木の枝を払って獣や小鳥たちを追い払ってみても――
春は都会のなかでさえやっぱり春であった。

太陽に暖められると、草は生気を取りもどし、すくすくと育ち、
根が残っているところではどこもかしこも、
並木道の芝生はもちろん、
敷石の間でも、いたるところで緑に萌え、
白樺やポプラや桜桃もその香りたかい粘っこい若葉を拡げ、
菩提樹は皮を破った新芽をふくらませるのだった。

鴉や雀や鳩たちは春らしく嬉々として巣づくりをはじめ、
蝿は家々の壁の日だまりのなかを飛びまわってみた。
草木も、小鳥も、昆虫も、子供たちも、楽しそうであった。

しかし、人びとは――
もう一人前の大人たちだけは、
相変わらず自分をあざむいたり苦しめたり、
お互い同士だましあったり、
苦しめあったりすることをやめなかった。

人びとは神聖で重要なものは、この春の朝でもなければ、
生きとし生けるものの幸せのために与えられた、
この神の世界の美しさ――
平和と親睦と愛情に人びとの心をむけさせるその美しさでもなく、
互いに相手を支配するために自分たちの頭で考えだしたものこそが、
神聖で重要なものだと考えているのだった。

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先日の日記には「絵や音楽や料理が死ぬほど好き」と書いた。
もちろん春も自然もトルストイも『復活』も死ぬほど好きだ。

ぼくにとって春も絵も音楽も文学もそんなに違いはない。
春のエッセンスのある一部を丁寧に丁寧に抽出すると一枚の絵になり、春のエッセンスの別のある一部を真摯に真摯に磨きぬくと一曲の音楽になり、春のエッセンスのさらに別のある一部を厳しく厳しく濾過すると一皿の料理になる。

トルストイは春を丁寧に漉して、こんな美しい一節を生み出した。

いつだってこんな美しいものたちに寄り添っていたい。
こんな美しいものに気づける人たちと語り合っていたい。
そう思う。

ありがとう。
ただその存在に。

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