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ある哲学者

2008年02月15日 14:37

先日、日本でもっとも有名な哲学の教授のひとりにお会いした。
先生は一方的に自分の半生を話しまくり、こちらはただ聞いているだけ。
あるいは仕事の依頼に関する話をするだけだったけれど、心がとてつもなく共鳴するのを感じた。
「したいことしかしない」

数年前、自分はこう決めた。
生って何だ?
普通の人にとっておそらくどうでもいいような問題、無視できる問題が、自分にとっては何よりも重要で、これを回避することができずに考え続けた。
なぜってその頃の自分は「意味がないなら生きる必要はない」と考えたからだ。

心理学に真理があると思えば心理学の結論とメカニズムを学び、脳科学に真理があると思えばやはりその結論とメカニズムを、人類学に、考古学に、物理学に真理があると思えばそれらを学んできたが、結局「科学」には構造上真理が存在しないことがよくわかった。

やがてそれらの問題が自分的にはクリアになった。
そうすると今度は「どう生きるか」が問題になった。
そして出てきた結論が「したいことをする」だ。

あるとき、これと同じ結論を30年も前に出し、それを究極まで追い詰めた人がいることを知った。
それがこの教授だ。

有名人とは決して会わない。
会社の偉い人と飲みになんて絶対行かない。
式典にも出なければ賞ももらわない。
自ら「人間嫌い」と言い「人類など滅んでしまって一向に構わない」などと言う。

でもね。
誰よりも「愛」というものの意味を知り、誰よりも「人」を信じているのがひしひしと伝わってくる。
誰よりも「心」を知り、心によって生み出された「文化」を愛しているのもよくわかる。
それは一般社会で言われている「愛」や「人」や「心」や「文化」の意味とは違うものだけれども、やはり「愛」「人」「心」「文化」といった言葉で語るしかないもので……

この教授の前ではさすがにこんなこと言えなかったけどね。
これほどまでに自分を追い込んで考え続け、生き続けてきた人がいるということに感動した。
人はこんなにもピュアになれるものなのかと感動した。
そして「知」の力に感動した。

でも先生、ぼくは先生になんて相談しませんよ。
自分自身で考えて自分を生きたい。
生きたいんです。
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